top of page

『聖夜思』~四龍島Christmas 1~

四龍島西里白龍市、山の手。

「やっぱりなんだか違うなぁ」

 屋敷居候のクレイ・ハーパーが、目のまえの贅沢な食事を眺めて溜息をついていた。

「七面鳥は本土の居留区でも手に入らなくて家鴨が出てきてたけど、なんていうかこう……クリスマスっていう雰囲気からは遠いなぁ」

 わがままを言ったあげくにすまないねと見上げるのは、執事の万里の顔である。

 懐かしい料理が食べたいと十日ばかりまえから無理を言い、屋敷の厨房に特製晩餐を注文したのだった。

 向かいの席で、マクシミリアンが冷ややかな笑みを浮かべている。

「これでもかと八角をきかせた家鴨の炙り焼きに、苦みの強い青菜の副菜だ。

どこぞの聖なる御子とやらを追い散らして、腹を空かせた神龍が降臨するに違いない」

 くっく、と意地悪く嗤うのへ、こんがりと焼けた家鴨の皮をつつきつつクレイはぶつくさ言う。

「あ~あ。遠くに来ちゃったもんだよ。子供のころからクリスマスは家族と過ごすのが当たりまえだったのに。

いまじゃ、こんな島で、しかもおまえと、二人きりのディナーなんて」

「嫌ならいまからでも舟票を都合することだ。運がよければ居留区の暦の年越しには間に合うだろう。

執事どの、頃合いの船を世話してやるといい」

「ねえ、マクシム。まさかとは思うけど、プレゼントのひとつもないのかい?

なにもサンタクロースの格好をしろとは言わないよ。せめて新しいシャツの一枚とか、珍しい本の一冊とか。

そうすれば俺だって、四龍島の冬を楽しく過ごせるかもしれないよ」

 なんだかんだと文句を垂れつつ家鴨をぺろりとたいらげ、食後の菓子……黍砂糖を山ほどふりかけて干し葡萄を飾り付けた花巻……にさらに蜂蜜をかけて頬ばり、茉莉花茶をたっぷり飲んで、クレイはまずまず満足顔となる。

「じゃあね、マクシミリアン。いい夢を」

 おやすみ、と言って、けっきょくは機嫌よく自室へと引き揚げた。

 あとに残るマクシミリアンに、万里が抑揚のない声で報告をする。

「仰せつけの品とは別に、本土居留区の王老人から洋装をひとそろい送ってよこしましたので、先ほどクレイ・ハーパーの寝室へ運ばせておきました」

「ああ、ならばクレイも、めでたく神龍のしろしめす土地で冬を越すに違いない」

「お酒をもう少し召し上がりますか。それともお部屋へお引き取りに」

 問われてマクシミリアンは、ゆったりと晩餐の席を立つ。

「居留区では聖なる夜だそうだ。せいぜい四龍島西里においては不埒に過ごすとしよう」

 青灰色の睡袍の裾を翻し、食堂を出ると、肌寒い夜風ゆらぐ回廊を過ぎて、

寝支度のととのえられた私室まで歩んでいく。

 冬のこととて、空には凄まじいばかりの星が瞬いている。

 回廊には吊り燈籠の灯、窓々には明かりもあるが、それがかえって無粋と映るような晩だ。

「気が利かないものだ。闇のなかにあってこそ、聖なるなにがしかも際だつだろうに」

 急がない足どりで長い廊を歩み、私室に入るとほどなく控えの侍女らを下がらせる。

 夜半となって少しばかり風が強く吹きはじめる。

 窓辺に寄り、マクシミリアンは、おろされていた掛け金にしなやかな手指をのべた。  掛け金をはずせば、夜気に押されて窓がいささか開きかけとなる。

 寝台の帳がふわりとあおられ揺らめいた。

 卓子に置かれている薄紙の包みが、しゃりしゃり、とくすぐったいような音を立てて震えるのを、銀灰の瞳でマクシミリアンは可笑しげに見やる。

 薄紙の端がめくれ、包みの中身があらわとなっている。

 まるで今宵の空を映したような一筋の飾り帯だ。

 深い紺色に細やかな銀砂子を織り込んだ、色街あたりの燈火を受ければさぞかし華やかにきらめくであろう上等のもの。

 多忙極める屋敷執事に命じて、西里の産の絹と本土産の銀糸とを求めて織り上げさせた。

 房飾りに洋風の細工をあしらうためにと、わざわざ居留区の王老人をも煩わせた一品である。

 焚かせた薫香がゆったりとその帯に染みている。

 窗下に深夜の客のおとなう気配がするのは、もう間もなくであろうか。

「結び替えてやろうと言ったなら、解かせるか、その帯。花路」

 夜の底に響くのは、満天の星を凍てつかせて堕とすような、なんとも言えない美声。

 庭木の枝がやがて人の重みに撓む。

 窓が軋んで開かれる。

「邪魔をする。『白龍』」

最新記事
アーカイブ
bottom of page