『月下薔薇夜話逸文 弐』
長春城外城、皇太兄府。 宵闇の降りた後庭に、嫋々たる琴の音色が流れている。 名手でもなかなか弾きこなせないという秘曲を、緩急自在に響かせるのは邸宅の主だ。 桃李はつい聞き惚れ、楼台の手前に足をとめた。 花の香りが漂う。 四季咲きの薔薇だ。...
『忘記』
四龍島西里、山の手の白龍屋敷。 回廊の角で万里に行き合い、呼びとめた。 「万里大人、邪魔をしている。花路の帳簿を持参した。『白龍』は居室だろうか」 「ただいま『白龍』は客房で南里の使いと懇談中です。もう間もなく居室に戻られる頃合いでしょう」...
『月下薔薇夜話逸文 壱』
長春城、初夏。 待夏園の牡丹が今年は少々早く開いた。 昨年は先帝崩御の喪のうちであったので、花園の門も鎖されていた。 二十五月の忌みが明けて、今年は朝から晩まで都人が花見に詰めかけている。 春湖畔の天鏡楼で、青桐がうきうきと声を上げる。...
『龍ノ年・・・四龍島間奏曲』
四龍島西里、山の手の白龍屋敷。 屋敷主人の姿を求める途中、飛は二階の廊でふと足をとめた。 「居候どの、ここで何を?」 回廊の欄干にもたれて、クレイ・ハーパーが物思いに耽っていた。 「やあ、花路の頭くん。マクシムなら部屋にはいない。朝から南荘だよ」...
『新年好・・・四龍島間奏曲』
四龍島、白龍市。 冬の夜である。 色街花路では今宵、年越しの祝いが催される。 花の時分の大春節とは別に、寒いなか、本土と同じく暦を切り替える節目が訪れる。 昨夜、白龍屋敷を訪れて飛は告げた。 「仲間と水入らずで過ごすつもりだ。年がら年中『龍』にばかり尽くすわけにもいかない」...
『サンキュウのカクゴ』 ~お坊さんとお茶を~
百猫山孤月寺は、東京下町にひっそりと山門を開く赤字寺。 その台所から、とんとんとん、とリズミカルな音が響いている。 僧侶見習いの三久は商店街への使いから戻ったばかり。 バタバタ台所へ降りたとたん、慌ててなかへ声をかけた。 「あっ、空円さん!? 斎座の支度は僕がやります!」...
『去年の春 君を知りぬ』~kozo no haru kimi wo sirinu~
四龍島西里、花路。 「聞いてくださいよ、頭。俺はもうどうしていいんだか、てんでわかりません!」 孫大兄が弱り切った様子で床に座り込んでいる。 羅漢のねぐらの古妓楼だ。 色街界隈の端である。 夜が明けてだいぶ経つというのに孫がいっこうに引き揚げようとしないので、渋面の羅漢が時...
『翠玉揺々・・・花姫純情後話』~四龍島春2018版~
白龍屋敷、南荘。 春の夜風が、ふわりと部屋のうちまで忍び入る。 「来たか、花路」 冷ややかな美声に招かれ、そこに足を踏み入れた。 身動きの邪魔にならぬ短衫。 背に打ち靡く漆黒の髪。 月明かりを受けてあらわとなる、しなやかな体躯。...
『夏暇』~四龍島ナツヤスミ~
四龍島、西里。 暦の上ではそろそろ夏も過ぎようという時節であるが、昼間の暑気がいまだ冷めやらず、まるで家々の屋根が見えない炎を噴き上げて夜空を焼くようだ。 山の手の白龍屋敷である。 「街の主に夏暇(なつやすみ)というものはないか、執事どの」...


『龍は繙く』~Dragon's Day~
四龍島、西里。白龍市。 山の手の白龍屋敷に大声が響いている。 「おおいっ、マクシム! マクシミリアン! 本を知らないか?」 クレイ・ハーパーが愛読書を探しているのだった。 回廊の角まで来てちょうど屋敷執事の万里に出会い、訊いてみる。...