『新年好・・・四龍島間奏曲』
四龍島、白龍市。
冬の夜である。
色街花路では今宵、年越しの祝いが催される。
花の時分の大春節とは別に、寒いなか、本土と同じく暦を切り替える節目が訪れる。
昨夜、白龍屋敷を訪れて飛は告げた。
「仲間と水入らずで過ごすつもりだ。年がら年中『龍』にばかり尽くすわけにもいかない」
仲間たちとの交わりが大切であるし、妓楼酒楼とのつき合いもある。
このごろは何やかやで山の手で過ごすことが多くなっている。
年越しは別に。
〃花〃はなくとも、おとなしく屋敷で過ごしてほしいと言い渡した。
銀灰の双眸が嗤っていた。
『ほう……』
性悪な主人が、応とも否ともつかぬ冷ややかな返事を吐いた。
「寒いが平穏な夜だ。このまま無事に年を越そう。不審なものがないか、よくよく見張ってくれ」
花の繍のある黒い袍。
凍る夜風に髪を靡かせて飛は指図する。
「おうっ」
「まかせてください、頭!」
仲間が頼もしい応えをよこす。
大兄らが集う。
「見まわりのあとは梅雪楼で宴だ。楽しみだぞ、飛」
「ああ、羅漢。とはいえ客もだいぶある。飲みすぎて浮かれるわけにはいかない」
「いやはや久方ぶりですねえ、頭と我々だけでゆっくりというのは。いつもより余計に饅頭が腹に入って、宴のあとで押しかける羅漢大兄のねぐらの床が抜けないか心配です」
「葉林大兄が饅頭を山ほど食うなら、俺は酒のほうをわんさか食らいますよ」
笑いながら辻々を歩んでまわる。
花燈籠が寒風に揺れ、晴れ着姿の客が賑やかに闊歩する。
花路の少年たちが声をかけてくる。
「あっ、頭だ。来年もよろしくお願いします!」
「屋台の包子を味見してください。麺もできますよ」
喧嘩の声も聞こえるが、ささいな小競り合いですぐにおさまる。
梅雪楼まえまで来ると、楼主人が女たちを引き連れて賑やかに出迎えた。
「ようこそいらっしゃいました、頭、大兄がた。二階にお席をご用意しております。どうぞお上がりください」
「忙しいなか、すまない。世話になる」
どうぞと案内してくれる主人がチラチラとおもてをうかがうのは、おおかた〃招かざる連れ〃の登場を心配するからだろう。
……花のあるところに龍あり。
花路の頭のある席に、前触れもなく『白龍』が加わることがこれまでに幾度もあった。
そのたびに梅雪楼は大慌てで街の主をもてなす羽目になったのである。
もしかすると今夜もまた、と用心するに違いない。
迷惑をかけたと胸のうちで詫びつつ、みずからもそっと山の手をうかがう飛である。
頭、大兄がそろっての祝いの席に、入れ替わり立ち替わり花路の兄貴分たちが顔を見せに来る。
口々に平穏無事をありがたがる。
「こんなに穏やかなのは珍しいですね」
「ほんとだ。何だか薄気味悪ぃ」
「馬鹿言え。まぁでも、確かに物足りない気がしなくもねぇ」
料理が運ばれ、杯が重ねられて、和やかに年が暮れていく。
羅漢が白酒を注いでくれながら言う。
「山の手が気になるか、飛」
窓へ視線をやるのに気づかれたかと、飛は苦笑した。
「いや、さして……」
ぐい、と酒を干して微笑む。
大切な仲間と過ごす貴重な晩だ。
邪魔をしてくれるなと遠ざけたのは、こちら。
なのに、気づけば考えている。
いまごろ何をしているか。
まなざしをどこに据え、心に誰を浮かべているか。
洋燈の灯りのある窓辺に寄って、高みから色街の灯りを見下ろしているのではないか。
「フ……」
笑みをこぼすと孫大兄に見咎められた。
「あっ、さては『白龍』のことを考えてますね? 性悪なご主人がどんな悪さをしでかすか心配でならないんでしょうっ。けど駄目です! 今夜は俺たちだけの頭なんです。たまには『白龍』を胸から締め出してくださいよぅ」
酔って絡まれ「わかったぞ」とうなずいた。
羅漢のねぐらで朝まで長々と飲む約束だ。
千鳥足の孫に肩を貸す羅漢に、戸口のまえで問われた。
「いいのか? 飛」
何のことだと問い直さずとも、訊きたいことは知れている。
「ああ、いい」
ギシギシと音を立てる階段を上がる途中。
銀灰の双眸がああして嗤ったわけに思い至る。
『ほう……別れて耐えがたいのは相手のほうだと、思い違いをしているわけか。花路』
そう見透かされたに違いない。
当たりだ、マクシミリアン。
年があらたまるのが待ち遠しい。
たかが暦の上の区切りに、こうも焦らされている。
年が暮れ、じきに仲間が酔い潰れたなら、そこへ駆けていこう。
新たな年もぞんぶんに悪さをするがいいと、酔漢のフリでそそのかしてやろう。
あんたは俺を「性悪な龍から一瞬でも目を離せば、西里を危うくするぞ」と脅せばいい。
そうして来る年も来る年も、変わらずともに重ねていこう……『白龍』。
[新年快楽]
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